NPO法人日本ホームスクール支援協会理事、教育事業「みらいの学校」代表の北本の個人ブログ

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ホームスクーラーが見る教育機会確保法(1)

 

教育機会確保法

教育機会確保法という法律が2017年2月に施行されています。

正式名称は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」というものです。>詳細

 

法案が通る前から随分と賛否両論がありました。

私が見ていた限りでは、もともと目指した方向性からは主軸が少しズレましたがが、全国フリースクールネットワークさんをはじめ多様な学び保障法を実現する会の皆さんが不登校の子供たちの学びの多様性を法律で認めさせ、学校以外でも学ぶことの権利を保障させようと法案成立へ向けて動かれた数年間は並々ならぬ努力があったと思います。

 

しかし、彼らとは別で不登校を支援する多くの団体、当事者も含む個人の方々がこの法案について「不登校の子供をさらに追い詰めるのではないか」と反対の声をあげました。
不登校・ひきこもりを考える当事者と親の会ネットワークの皆さんは、不登校は「命の非常口」であり、その不登校を法律で定義づけし不登校児童を管理、対策することは子供達の命を脅かすものになりかねないと警笛を鳴らしました。

こちらのブログは2016年11月で更新が止まっていますが、当時の経緯がとても詳しく掲載されていますのでご参考に。

ftk.blog.jp

ブログ内に掲載されていた反対声明のPDFもご意見がわかりやすいです。
「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する
法律案」 について「不登校対策」にかかわる部分の白紙撤回を求めます

 

大きな分かれ目

この教育機会確保法ですが、実現に向けて尽力した「多様な学び保障法を実現する会」や、法案段階での名称「多様な教育機会確保法案」などを見ても分かるように「多様」という言葉がキーワードであったにも関わらず、施行された法の正式名称は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」通称「教育機会確保法」というものになりました。「多様」という言葉はどこに行ってしまったのでしょう。

この件について、全国フリースクールネットワーク代表理事である奥地圭子さんは書籍「教育機会確保法の誕生 子供が安心して学び育つ」の中でこのように語っています。

まず、名称から「多様な」が消え、本文からも「多様」という言葉がかなりなくなっていました。それは、この法案の性質が、学校外の学びに道を拓こうとして出発したのですが、「フリースクール活用の子どもは一部に過ぎない。不登校全体を救う法律にすべき」「学校を変えてすべての子が安心できるようにすべき」などの意見を受けて、不登校支援を色濃くしたのだなという印象を受けました。

 

 

フリースクールの公的な位置づけは思うように確保されず、文科省不登校対策を法律による固定化に繋げるための法案へと転換されたんですね。(フリースクール法案→不登校対策法案へ)
これによりフリースクールなど学校外の教育機会を法的に位置づける為ではなく不登校児童をまるっと一括りにして管理するような動きに大きく変化したのではないでしょうか。

 

それが一部の不登校児童にとっては脅威となってしまいます。「不登校」と定義し管理され学校と繋がることによって人権そのものが脅かされてしまう子がいます。ひいては自死のリスクにも繋がりかねない子の存在です。

 

不登校の支援なら、それは結構なことではないか。喜ばしい対策ではないか。」と仰る方もたくさんいらっしゃいますが、学校による家庭訪問などの支援や、「児童生徒理解・教育支援シート」を活用した計画的支援が一部の不登校児童をかえって追い詰めることになるのではないかと私は心配しています。 

つい先日、不登校新聞の編集長の石井志昂さんがこのような記事を書いていました。

news.yahoo.co.jp

この記事を読んでいただけると、学校という存在が不登校を選択した一部の児童に付き纏うことのリスクの片鱗が見えるかもしれません。

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不登校を定義すること

この法律の中で、「不登校」が定義されています。

第一章 総則
(定義)第二条
不登校児童生徒 相当の期間学校を欠席する児童生徒であって、学校における集団の生活に関する心理的な負担その他の事由のために就学が困難である状況として文部科学大臣が定める状況にあると認められるものをいう。

不登校を選択した児童には「不登校はこうである」という定義で一括りには出来ないほど、多様な理由とそこから枝分かれした状態の子ども達がいます。
中でもホームスクーラーは特殊でしょう。

 

言葉の意味として「不登校」は「不」「登校」であるので、学校に「登校していない」そのままの"状態"を言葉自体は表しますが、このように「不登校」を意味付けして法律で分類することが「登校していない」ことを問題視してしまうのだと感じます。 

文科省平成27年1月に発足させた「不登校に関する調査研究協力者会議」による最終報告では、不登校児童を支援する上での基本的な姿勢として「その行為(不登校)を「問題行動」と判断してはならない」と結論付け、それを文科省平成28年の「不登校児童生徒への支援の在り方について」という通知の中で明記していますので、ここに矛盾が生まれます。

そして法案が審議される過程で「不登校を助長する」という理由によって、フリースクールが義務教育として位置づけられることが反対され、見送られました。
「助長する」とは「悪化する」ことを言います。文科相の通知からは、不登校は問題行動ではないと判断されるべきなので「助長する」という言葉は不適切であり、これによって(不登校を定義することを含めた)この法律が壮大な矛盾となるのです。

 

少し、ネガティブな見解を並べましたが、この法律によって守られる存在があることも事実です。
学校に行かないことを選択した児童を問題視しない道筋が作られたことも評価されるべきだと思うし、学校が全ての教育のニーズに応じきれているわけではないと、この法の施行によって明確化できたのだと私は感じています。

 

 ホームスクーラーとしての思い

私は平成26年~28年当時、この賛否両論の渦中には足を踏み込まず、この件に関してはインターネット上で記事を読んだり、動画を見たりしているに留まっていました。
施行された今となっては、本を読んだり、実際にこの法律がどのように使われているのかを個人的に調べたりしています。

ホームスクールの支援に関わるようになってからは、私もこの法案に賛成か反対かを聞かれることがありますが、施行された今、賛成か反対かを論じるよりも、ホームスクールの支援者の一人として法をどのように解釈し、ホームスクールの当事者としてどのように利用すればいいのかを考えるべきだと思っています。


この法によってホームスクーラーに及ぼされるリスクは何なのか。この法でホームスクールをしている子供達が守られることがあるのか。そこを見極めることが大切であると思っています。

少し長くなってしまったので、ホームスクーラーがこの法律をどのように受け止めるべきなのか、続きは次のブログで書きます。

 


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